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抗がん剤は白血病のような特定のがん種に有効な場合もあるが、彼のような臓器に塊を作る固形がんの転移巣に著効を示すとは考えられない。
「残されているのは、ほんとうにかけがえのない時間です。
むだと考えられる治療に余計なエネルギーや時間を費やすべきではないと思います」。
喉元から出かかったそんな言葉をあわてて飲み込んだ。
私のためらいやこだわりの一切を遮るように、化学療法についていろいろと質問してくるIさんの真剣な眼差しを見ていると、酷な言い方だが、おぼれる者は藁をも掴むといわんばかりの心境がひしと伝わってくるようだった。
私は、その種のがんで抗がん剤を使用する患者は私の病院で皆無という、消極的な評価を椀曲に伝えるにとどめた。
中でさらに深まっていった。
結論的に、私が軌道修正した再提案にIさんも同意、手術は東京ではなく地域のがん専門の医療センターで行われた。
Iさんは化学療法を受ける決意を述べて去った。
私はその後ろ姿を見送りながら、彼はその治療を終えるとおそらく次は放射線治療も受けることになるだろうと直感した。
あらためてよく考えてみれば、彼がなお抗がん剤、放射線療法への幻想を捨て切れないのは当然だった。
当初思い切って二○%以下という低い治癒率を口にしながら、いつしか手術の成功と失敗という二つを対置してしまったため、なにがなんでもしゃにむに手術で一点突破したいという思いが、Iさん自身の内部で助長された感は否めなかった。
やがて翌春になって彼の再入院は終了した。
化学療法、次いで放射線治療も終えていたが、転移がんの陰影はほとんど縮小していなかった。
化学療法をはじめ治療のことごとくは結果的に意味がなかったということである。
治らないがんに対して無駄な治療を回避するという原則を十分に承知しながら、再発がんでも数パーセントは治癒するという奇跡的な一面に期待してしまったような点は、医師としてどうであったか。
最初の手術に賛同したのは許されるとしても、完治の望みを絶たれてからの貴重な日々が、無意味とも思われる入院に空費されたことを考えずにいられない。
なぜ最初から難治性がんの本質を十分説いて、「共存」をもっと強く位置づけた余生の過ごし方を勧めることができなかったのだろうか。
治療への幻想をひたすら煽るような告知の方法を省みて、私は医師としての未熟さを自覚した。
「絶望こそ死に至る病」という言葉があるが、患者の希望を絶ってしまう権限は、どんな医師にも許されていない。
医師の多くが難治性がんの正体をはっきりと見すえられない現状では、いまだ何が適切かつ妥当な治療か判断すべくもない。
となれば、患者が死を受容していくプロセスはいろいろあるべきで、医学的に大きな効果が望めないとしても、患者が多かれ少なかれ奇跡に近いことを求めるのはやむをえないのではなかろうか。
移したがんには決定的な治療法がなく、以後、少しずつゆっくりと最終段階に向けて進行してゆくことになる。
「転移」には血行性転移、リンパ行性転移など幾種類かのルート(様式)があるが、そのメカニズムについて、たとえばがん細胞がどのように他の臓器に到達するかについていろいろ研究されているにしても、本質的に遺伝子も関係して複雑そのものであり、目下のところわからないことがあまりにも多すぎるようである。
「転移」という事象は、とりもなおさずがんが局所疾患から全身の疾患になったことを意味していて、その場合の治療は化学療法、ホルモン療法といった薬物治療、また免疫療法(人体に備わっている免疫力を強化する治療法)などにおおむね限定されてしまう。
そのうち最も一般的な化学療法では、全身に散らばったがん細胞を抗がん剤などで押さえ込んで転移の拡大を防ぐというものだが、その効果についてはまだ限定的という一方で、その副作用が大きな問題となっている。
結局、「転移」は「活発な増殖」と並んでがんの最大の特徴といえるもので、がん細胞の転移能は、がんの悪性度を考えるうえで決定的な指標といっても過言ではなかろう。
「転移を制するものはがんを制する」といわれる通り、ひとえにがんの予後はがんの形態、大きさにかかわらず術前に微小な転移があるかどうかだと考えられる。
なぜなら診断時には直径一センチ以がん難民の行方さてその後、Iさんはまもなく自宅療養を開始した。
私は、彼が妻や二人の子どもと円満な家庭を営んでいる点で、在宅療養の社会的・心理的効用に展望を託してほしいと説くのが精一杯であった。
もはや私にできることといえば、せいぜい通院中のセンター病院との接着剤という役割ぐらいであった。
ともかく引き続き定期的に顔を見せてもらう約束を取り付けることができて、以後、彼は二週に一度通院して診察を受ける際、帰途に立ち寄って主治医との話や病状を報告してくれるのが常だった。
下の早期がんと思われる段階でも、転移という現象が認められることが少なくないからである。
たとえば胃がんの場合、現在の技術で発見できる最小の腫傷サイズは直径五ミリが限界値とみられているが、こうした一○○○〜二○○○万個のがん細胞で構成されている初期のがんでも、多くの転移が起こっている可能性があるといわれる。
もしがんの転移能を早期に見分ける診断法があればベストだが、現在がんの診断は顕微鏡下で細胞に悪性化の兆候が認められれば、早期がんで、あれ進行がんであれ等しくがんという診断がくだされているばかりで、それ以上の転位能の有無などは今後ずっと先の遺伝子レベルの診断法を待つ他はない。
一か月ほどして来院時には、下肢の浮腫、扇痩(極度の痩せ)、なによりも顔貌そのものが末期がん患者特有のものになっていた。
「痛み止めの薬が増えて、身体の腫れの方は利尿剤をもらっています」と、彼は通院中の治療内容をこと細かに説明しようとした。
その声はこれまでになく、かん高い金属音のようにピンピンと診察室に響いた。
私に余分な心配をかけまいと必死に声をしぼり出しているようであった。
その日、診察室いっぱいに初夏の陽差しが差し込んでいたが、その明るさがかえって彼の状況を暗く浮き上がらせているように思えた。
月が変わってまもなく、「朝から活気がなく、うとうとしています。
まだ入院の必要性はないのでしょうか」と、Iさんの妻から電話があった。
主治医から、病状が進めば入院を勧められているとのことだった。
「ボーッとしているのは鎮痛剤の麻薬のせいでしょう。
激しい呼吸困難や猛烈な痛みなど、どうしても家族の手にあまるのでなければ、できる限りお家ですごさせてあげてください」私はこれまで繰り返してきた在宅療養の効用と、併せて末期の治療にかかわる入院の時期について思うところを告げた。
その月の半ば、本来ならばIさんが私のところに姿を見せる予定の日だった。
彼は終日、姿を見せなかった。
先日来、Iさんの妻が電話で問い合わせてくる病状からいえば、いよいよ最期の時が迫りつつあるとみなす他はない。
翌日、M病院へ運ばれたとの連絡を受けた。
その時に備えて、私が妻に手渡しておいた紹介状の宛先である自宅近辺の医療機関であった。
すぐに電話でその病院の主治医に情報を求めたが、新たに肺にも転移性の陰影が認められることをはじめ、容態は決定的に末期と断定できる水準であった。
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